多田加助−−長野県安曇野市豊科町中萱村の庄屋だった。)

1686年1月5日(323年前)貞亨義民一揆を主導した百姓だが、一説には、「陽明学」を身につけていたといわれている。調査してみます。

松本藩に対して、一揆を起こした、人物 別名 中萱村の加助だったから、中萱加助ともいわれている。


第一次調査結果

庄屋だったので、勉強はしていたらしい。その証拠に、記念館のガラスの中の書物は、四書五経の書物が、和とじになって陳列されていた。

これは、
漢代より儒学の根本聖典とされた、『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の五経に加えて、『大学』『中庸』『論語』『孟子』の四書を加えたもの。

お話の中では、庄屋さんは、武士---というか---浪人を食客として、下宿させていたらしい。その浪人が、陽明学を学んでいたかも??? !!!!

東洋では文化人として当然の常識とされていた。

中萱加助記念館の館長に説明を受けてきました。

写真は、その一部をご披露しました。