穂高神社のご本殿を移転してもらった豊里地区の祭礼2009年・2010年
2010年の秋祭りは、穂高人形で、「加助」を描くことになった。このようなことが得意な住民が、沢山いるので、自然の流れだと思うし、うれしいことだと思う。ここ、長野県安曇野市穂高有明の豊里区は、第二次世界大戦中は、私の家を背にして、左側の道をどんどん行くと2本目の道路に突き当たる、そこには、「松本50連隊」があったところで、映画などでしか見たことがない、陸軍の門があったようだ。その近所にその陸軍の門が置いてある
家がある。詳細は調べてないが、戦争が終了したときに、ここにいた、兵隊さんに分配したとのことだ。当時は、ここに住んでいるのは、兵隊さん
の家が、多かったようであるが、主に長野県の出身のかたがたが、ここに住み着いたようである。
1965年頃から、ぼつぼつ、松本、大町方面からの移住者が多くなってきた。そして、現在は、東京・大阪と大都市から、移住してくるかたがたが多くなり、この地区は、大いに発展して来ている。例えば、穂高町の頃、区長会長が、この豊里から、選出されて、今では、活性化された、地区として、指導的な区となっているようすである。
この下の記事等を見ても、地区で、お船を曳航できるなんて、素晴らしいことだと思う。
ときあたかも、私が代表している会が、平成22年10月に松本で、「全国の総会」が行われるが、その出し物は、2009年11月に、「松本城-中萱加助-加助太鼓」をテーマに選んだ。その後、このわが地区で新聞報道により、穂高人形で「加助」を主体とした、「豊里神社の例大祭」が計画された。
| 市民タイムス 1 | 市民タイムス 2 |
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市民タイムス 住民が手作りした子供船が初めてえい行された。
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| 穂高町のある地区のお祭り | 幟がはためいている。 | 祭礼の提灯 | 穂高神社と同様な出し物 | 穂高神社から移転されたお宮 | 神社正面 |
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| 神社入口 | 祭礼の提灯−太陽に向かって | お供え物・出し物は竹取物語 | 穂高神社のお船祭り、地区編 | 神社全景・近年住民が増加した | 特別寄付をされた方々一覧 |
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| お船が小学生による巡航 | 一休みの風景 | こんなに沢山の子供たちに夢を | 写真を撮ると子供たちは振向く | この子供は、何歳かな?? | 付近の有明山21.9.21 6時撮影 |
| このような立派な飾り物を小学生が引いて | 地域を練り歩いた。良い天気ででした。 | |
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| 新聞記事にあるとおり、豊里地区の住民は かなり増えてきている。 その中には、いろいろな経験を積んだ方たちがいて、 もしかしたら、このイベントを契機にして、 安曇野市の文化の発信地に なる可能性があるかもしれない。 |
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穂高神社から戴いたお宮が移転20年となり、 その記念として、 子供舟が完成した。 豊里としては、本当に記念になるイベントだった。 と思う。関係者の皆さん!!! ご苦労様でした。 |
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