ユーズあずみ野 経営コンサルタント・経営指導・社員研修&安岡正篤・安岡正明・安岡正泰・財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館の頁
本当にあったお話
人生どこで、どのようになるのかわからない。支店長会の後の話なども今考えれば、まったく新しい風を吹き込んでくれたと思う。私なんかは、現役のときには、ただ、仕事が忙しくて、片手間にやろうなどと考えたりしたのだが、今となって、下記のような文章を読み返してみれば、安岡正篤・安岡正明・安岡正泰・三人の善導により、人生の無限の広さをいただいたと思う。
平成14年5月10日の感激
今、私は安岡人間学を学んでいてよかったと思っている。
いままで、勉強していたからこそ、という数々のドラマがあると思う。
以前、このホームページを見てくれた方が私の14/4/6の誕生日にアクセスしてくれて激励の文章を戴いたということがあった。嬉しかった。
さて、どのような感激をしたか
安岡正明頭取・会長の地位にあったころ、年二回の支店長会の席上でいろいろなお話があった。私としては、そのような話が聞きたくて、
もっと、話をしていただきたいものだと思っていた頃支店長会も無事、終了し、懇親会も終了し、夜遅く、帰宅したときの出来事である。
自宅の庭で、ホタル族の我がムスコがポツンとホタルをともしていた。
みなさん、ご存知のように、田舎の夜は、いと暗く、タバコの火は異様な色に見えることがありますね。
タバコをすっていた息子が、私に、突然、声をかけてくれた。意識していなかったので、ちょっと驚いた。
その反面嬉しかったが、私が「どう、調子」と尋ねたところ、「おれ、少し、疲れ気味」の返事が帰ってきた。
「何だ、珍しいじゃん」というと頷いた。そこで、私は、今日お聞きした、頭取の言葉を、酔っていたせいもあったが、
考えなしに、「人生は…・とらわれずに追い掛け回せ」だぜというと彼から、すかさず、「とらわれてしまって、追い掛け回されている。」
という、返事が返ってきた。親子のこんな簡潔な応答だけだったが、お互いになんとなく納得したひと時だった。
しかし、私、たまたま、翌日・息子のホームページをみると「とらわれずに追い掛け回せ」について、コメントが、書かれていた。
わたしも意識せずにすらすら出てきたことが何より嬉しいが、また、我が息子の即答が妙(たぇ)であり、きつと、この言葉が安岡先生の
言葉とは知らなかったに違いないと思い、敢えて、この頁に乗せた次第である。
第一回は、14/5/10の事であり、20年の5/10で、5年が経過するのだが-------
| 20年6月28日 最近、自分の作成したこの頁を見て、「囚われず、追い回せ」か。を、思い出して、「息子のその当日」を検索してみた。 今日は、)であり、今、考えれば、親子の流れが、確立しつつあったときかも知れず、安岡正明頭取(元長野銀行)を思い出して、いい言葉を教えていただき、ありがとうと言いたい・・・・・・・ちなみに、息子の当時のトラックバックを下記に掲載した。 |
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久々に、強烈に忙しくなってきた。もっとも今はチビを風呂に入れるという大きな仕事を抱えている(笑)ので残業はしていない。
これが、強烈に忙しい理由でもある。
さっき、親父に会ったときに「囚われず、追い回せ」なんて言われちまったのだが、まさにそのとおりなんだよね。
今の俺は「囚われて、追い回されている」って感じなのだ。とにかく、追い回されている感じなのだ。
とにかく、今月は頭の上を飛んでいるハエを落とさないことには、週末も安心して眠れない(苦笑)
↑
この時点で追い回されている証拠ヤネ(笑)しかし、なるほどね。
「囚われず、追い回せ」か。。。
第二回は、21/7/3 のことだった。
またまた、息子のことで申し訳ないが、やはり、話をしていると面白い。
現在もとても忙しいらしく、夢中で仕事をやっているらしい。
私の考え方によると忙しいのは、周辺が良く見えているので、その次、その次とやってみたいからなのだと思う。
要するに仕事だといいながら、まだ、判らないかもしれないが、「自己実現の欲求」が自分の行動を支配するような道を見つけたのではないかと思う。
おっと、7/3は、息子が東京へ出張だというので、駅まで送った。
そのときに仕事の話などが、ぼそぼそとでていた。実は、私は、このチャンスを待っていた。年から言っても、もうそろそろ、自分の好きな言葉を持つことが必要な時期になっているからだ。無論、父親などが、なんか言っても仕方がないので、駅前で下車するときに、あっ、そうそう、といって、これ一冊ものにすれば、いろいろと書をよまなくてもいいのかな--と言って、さっと渡した。
その本は、昨年、松本時習会でみんなで読み合わせした、安岡正篤「一日一言」の本一冊だった。
その後、話する機会があって、最近少し、見えるようになってきたらしいと感じて、さらっと、分かれた。
これだけの話おしまい。